「自分らしさ」でしあわせになる☆
自分らしさ とは何でしょうか
実は、「人から言われたこと」がほとんどなのです。
「あなたらしくないね」、あるいは「そういうところがあなたらしいね」
などと言われたりすることってないですか
そうすると、自分でも「そうなんだ」と思ってしまわない?
「やっぱりお姉さん(お兄さん)ねえ、しっかりしてるわ!」と言われ続けて育った長男長女は
なんとなくしっかりしてくるものだし
「黒、似合うわね」と人からほめられると
自分ではそんなこと思わず着ていたのに 次からなんとなく黒を選んで着てしまったり。
人って、「人から投げかけられた言葉」でできている と言っても言い過ぎではないでしょう。
それが、いい方向に出ればそれでいいと思います。
だけど、否定的な言葉を言われ、それを無意識に受け入れてしまっているようだと・・・
家族から日常的に「こんなこともできないの?少し頭弱いんじゃないの?」と言われていたという友人Aちゃん 口癖が「私、バカだから…」「私、頭悪いんだ」でした。
そんなことない 友達思いで、優秀で、とってもいい子だった。でもいつも自信なさげで。
Aちゃんのおうちはご両親ともにお医者さん。
上のお兄さんは東大出て〇〇省にお勤め、下のお兄さんも外科のお医者さん。その他親戚中そろって優秀らしい・・・
これじゃあ居心地悪いよなあ、と一度だけ遊びに行った時に思いました。
上のお兄さんがまだ学生の時で、たまたまおうちにいて、「こんにちは。」と挨拶したら
「・・・ああ。」とちらっとこっちを見て、すーっと自分のお部屋へ入ってしまった・・・
なんか、つめたい感じだった・・・ 家の中が、部屋の隙間に至るまで 冷たい空気に覆われている感じだった。家族みんながAちゃんに対する態度も、こんなふうなのかと思ったら
なんだかとってもかわいそうで、悲しくなってしまった。いくら家族が優秀でも。立派なおうちでも。Aちゃん、おうちではしおれた花のようだった。学校ではちがうのに。
その後Aちゃんは、普通にいい企業にお勤めして、社内恋愛ののち結婚。旦那さんの仕事の都合で
カナダへ行ってしまいました。その後、一時帰国した時、久しぶりに会った時のこと
見違えるように!!本当に、見違えるように明るくなっていて、別人のように輝いていたのです☆彡
毎日大変だけど、とっても楽しくて刺激的でもう英語とかわかんなーい!と言いながら
にこにこ笑っているその笑顔が本当にしあわせそうで。心からよかったなあ、Aちゃんしあわせになってよかったね、と思ったのでした。おみやげにビーフジャーキーをたくさんくれた。おいしかった。そんな思い出。
Aちゃん、あのご家族から解放されて、心から自分のことを大切にしてくれるご主人やありのままに受け入れてくれる周りの人達に囲まれて、本当の意味で「自分らしく」生きられてるんだな、と思えた。
よかった、よかった。友達がしあわせに生きてるって嬉しい。
Aちゃんのお子さんはお兄ちゃんと2つ下の妹さん
お兄ちゃんが中学になるタイミングで日本に一家で帰国
お兄ちゃんはワセダで妹さんはケイオー。やっぱり優秀なんだわー!!!(笑)
Aちゃんとはその後、年賀状のやりとりだけになってしまったけど
今は太極拳にはまっているそうです。Aちゃん、ずっとしあわせでよかった☆彡
意味もなく卑下してくる実の家族から(本当に酷いと思う、)離れることができて、そういう言葉をかけてくる酷い人たちが回りからいなくなって、Aちゃんはやっとしあわせになれたのです。
それで、結局何が言いたいのかというと(Aちゃんのことを思い出してあれこれ書いてしまいましたが)
自分らしさというのは、「回りが作り上げるところが多い」ということ、そして
回りが作った自分なんて (そういうところも少しはあるとしても)それが本当の自分ではない、ということです。
Aちゃんが全然バカじゃなかったように。
では、何がいったい本当の自分なのか、本当の自分を形づくっているものは何かというと☆
☆「快か不快か」これにつきると思います。☆今生きている、自分自身の感覚がすべて。
自分がそれをやってすっきりするか、しっくりくるか☆彡。
例えば冒頭に書いた黒い服 周りがいくらに合うと言ってくれたとしても
黒着るとなんだか元気でないし、私あんまり好きじゃない と思ったら 着なければいいのです。
喪服なんかは別だけど、、普段からひんぱんに着る必要なし。だってしっくりこないんだから。
みんなが美味しいと言っているお店でも、この味は合わないと思ったらもう行かないし
ベストセラーだからと読んでみたけど面白くない本だってある。直木賞、芥川賞だって同じ。
〇〇賞だからきっと面白いんだろうと思って読んでみて そうでない場合もある。
顔を拭くタオルだって、ふかふかの素材がいいか、薄手のてぬぐいみたいなのでごしごし拭くのが好きか、人それぞれだし。
どんなことでも、まずは
「私はこれが好き」というもので固めていくと 自分というものがはっきりしてくると思います。
好きなもの、ことがわかっていればそれでOK。他にまだまだみつけたい!と思ったら
どんなことでも、まずはやってみる。その結果、合わないなと思ったら辞めてよし。
通っているテニススクール たまに体験レッスンの方が来る。
やってみて、レベルやレッスン内容などで折り合いがつかず、入会にいたらないという人もいます。
別にいいんじゃない?そのための「お試し」なんだから。
でもねー、やっぱり営業かけてるのよ「大丈夫です!がんばってみましょうよ!」なんていって。
コーチやら受付の人やらが。本人が今回は見送ります って言ってるのに。
数字だけ見て人を見てないって問題ありじゃない?それで無理やり入会したとしても、長続きはしないと思うな・・・だって、自分の意志ではなく結局は「人から言われた、やらされたこと」なんだから。
あとはお洋服屋さん
試着して、やっぱり結構です って言う時の若干のうしろめたさってあるわよね
でも、それだって試着したんだから買わなくちゃと思う必要はなし。
ちっとも似合ってないのに「お似合いですぅ~~!」と言ってくる店員さん、いるじゃない
ああいう言葉って信じていいと思う?買わせるための営業トークに他なりません。
「心の中の自分」が「それ、ちがう」「なんか、ヘンだから」「嫌な感じがする」と思ったら
その声に従う。そんなことない、と言い聞かせないこと。心の違和感を大切にすること。
それこそが、本当の心の声、本当の自分らしさ、というものだから。
・・・と、こんなふうな話を、来週の卒業式のあとのパーティ(留学生クラス)で
「贈る言葉」としてする予定です。
(持ち時間一人5分以内、で講師の先生方が何かするそうです。歌やらギターやら、こういったスピーチやら朗読やらなんでもいいとのこと。)
どこにいても、まずは自分らしく。心の声に従って。そうしたら、おのずとしあわせになっていくと思います。
今日はとてもよく晴れた一日.。:・・.。:*・★
花粉がちょっとキツいです~~( ノД`)シクシク…

(@^^)/~~~
実は、「人から言われたこと」がほとんどなのです。
「あなたらしくないね」、あるいは「そういうところがあなたらしいね」
などと言われたりすることってないですか
そうすると、自分でも「そうなんだ」と思ってしまわない?
「やっぱりお姉さん(お兄さん)ねえ、しっかりしてるわ!」と言われ続けて育った長男長女は
なんとなくしっかりしてくるものだし
「黒、似合うわね」と人からほめられると
自分ではそんなこと思わず着ていたのに 次からなんとなく黒を選んで着てしまったり。
人って、「人から投げかけられた言葉」でできている と言っても言い過ぎではないでしょう。
それが、いい方向に出ればそれでいいと思います。
だけど、否定的な言葉を言われ、それを無意識に受け入れてしまっているようだと・・・
家族から日常的に「こんなこともできないの?少し頭弱いんじゃないの?」と言われていたという友人Aちゃん 口癖が「私、バカだから…」「私、頭悪いんだ」でした。
そんなことない 友達思いで、優秀で、とってもいい子だった。でもいつも自信なさげで。
Aちゃんのおうちはご両親ともにお医者さん。
上のお兄さんは東大出て〇〇省にお勤め、下のお兄さんも外科のお医者さん。その他親戚中そろって優秀らしい・・・
これじゃあ居心地悪いよなあ、と一度だけ遊びに行った時に思いました。
上のお兄さんがまだ学生の時で、たまたまおうちにいて、「こんにちは。」と挨拶したら
「・・・ああ。」とちらっとこっちを見て、すーっと自分のお部屋へ入ってしまった・・・
なんか、つめたい感じだった・・・ 家の中が、部屋の隙間に至るまで 冷たい空気に覆われている感じだった。家族みんながAちゃんに対する態度も、こんなふうなのかと思ったら
なんだかとってもかわいそうで、悲しくなってしまった。いくら家族が優秀でも。立派なおうちでも。Aちゃん、おうちではしおれた花のようだった。学校ではちがうのに。
その後Aちゃんは、普通にいい企業にお勤めして、社内恋愛ののち結婚。旦那さんの仕事の都合で
カナダへ行ってしまいました。その後、一時帰国した時、久しぶりに会った時のこと
見違えるように!!本当に、見違えるように明るくなっていて、別人のように輝いていたのです☆彡
毎日大変だけど、とっても楽しくて刺激的でもう英語とかわかんなーい!と言いながら
にこにこ笑っているその笑顔が本当にしあわせそうで。心からよかったなあ、Aちゃんしあわせになってよかったね、と思ったのでした。おみやげにビーフジャーキーをたくさんくれた。おいしかった。そんな思い出。
Aちゃん、あのご家族から解放されて、心から自分のことを大切にしてくれるご主人やありのままに受け入れてくれる周りの人達に囲まれて、本当の意味で「自分らしく」生きられてるんだな、と思えた。
よかった、よかった。友達がしあわせに生きてるって嬉しい。
Aちゃんのお子さんはお兄ちゃんと2つ下の妹さん
お兄ちゃんが中学になるタイミングで日本に一家で帰国
お兄ちゃんはワセダで妹さんはケイオー。やっぱり優秀なんだわー!!!(笑)
Aちゃんとはその後、年賀状のやりとりだけになってしまったけど
今は太極拳にはまっているそうです。Aちゃん、ずっとしあわせでよかった☆彡
意味もなく卑下してくる実の家族から(本当に酷いと思う、)離れることができて、そういう言葉をかけてくる酷い人たちが回りからいなくなって、Aちゃんはやっとしあわせになれたのです。
それで、結局何が言いたいのかというと(Aちゃんのことを思い出してあれこれ書いてしまいましたが)
自分らしさというのは、「回りが作り上げるところが多い」ということ、そして
回りが作った自分なんて (そういうところも少しはあるとしても)それが本当の自分ではない、ということです。
Aちゃんが全然バカじゃなかったように。
では、何がいったい本当の自分なのか、本当の自分を形づくっているものは何かというと☆
☆「快か不快か」これにつきると思います。☆今生きている、自分自身の感覚がすべて。
自分がそれをやってすっきりするか、しっくりくるか☆彡。
例えば冒頭に書いた黒い服 周りがいくらに合うと言ってくれたとしても
黒着るとなんだか元気でないし、私あんまり好きじゃない と思ったら 着なければいいのです。
喪服なんかは別だけど、、普段からひんぱんに着る必要なし。だってしっくりこないんだから。
みんなが美味しいと言っているお店でも、この味は合わないと思ったらもう行かないし
ベストセラーだからと読んでみたけど面白くない本だってある。直木賞、芥川賞だって同じ。
〇〇賞だからきっと面白いんだろうと思って読んでみて そうでない場合もある。
顔を拭くタオルだって、ふかふかの素材がいいか、薄手のてぬぐいみたいなのでごしごし拭くのが好きか、人それぞれだし。
どんなことでも、まずは
「私はこれが好き」というもので固めていくと 自分というものがはっきりしてくると思います。
好きなもの、ことがわかっていればそれでOK。他にまだまだみつけたい!と思ったら
どんなことでも、まずはやってみる。その結果、合わないなと思ったら辞めてよし。
通っているテニススクール たまに体験レッスンの方が来る。
やってみて、レベルやレッスン内容などで折り合いがつかず、入会にいたらないという人もいます。
別にいいんじゃない?そのための「お試し」なんだから。
でもねー、やっぱり営業かけてるのよ「大丈夫です!がんばってみましょうよ!」なんていって。
コーチやら受付の人やらが。本人が今回は見送ります って言ってるのに。
数字だけ見て人を見てないって問題ありじゃない?それで無理やり入会したとしても、長続きはしないと思うな・・・だって、自分の意志ではなく結局は「人から言われた、やらされたこと」なんだから。
あとはお洋服屋さん
試着して、やっぱり結構です って言う時の若干のうしろめたさってあるわよね
でも、それだって試着したんだから買わなくちゃと思う必要はなし。
ちっとも似合ってないのに「お似合いですぅ~~!」と言ってくる店員さん、いるじゃない
ああいう言葉って信じていいと思う?買わせるための営業トークに他なりません。
「心の中の自分」が「それ、ちがう」「なんか、ヘンだから」「嫌な感じがする」と思ったら
その声に従う。そんなことない、と言い聞かせないこと。心の違和感を大切にすること。
それこそが、本当の心の声、本当の自分らしさ、というものだから。
・・・と、こんなふうな話を、来週の卒業式のあとのパーティ(留学生クラス)で
「贈る言葉」としてする予定です。
(持ち時間一人5分以内、で講師の先生方が何かするそうです。歌やらギターやら、こういったスピーチやら朗読やらなんでもいいとのこと。)
どこにいても、まずは自分らしく。心の声に従って。そうしたら、おのずとしあわせになっていくと思います。
今日はとてもよく晴れた一日.。:・・.。:*・★
花粉がちょっとキツいです~~( ノД`)シクシク…

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